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自衛官からネイリスト?鎌倉に自宅兼サロンを持つ商才溢れる女性実業家/富田 恭子さん Vol.1

湘南ライフ

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2022.06.23

湘南にお住まいの富田恭子さん。元々は自衛官でありながら、現在は鎌倉駅近くの一等地にサロンを構えるネイリスト。しかもそのサロンは自宅を兼ねた自己所有物件!
商才溢れる富田さんのサクセスストーリから、起業や独立をするためのヒントやエッセンスを読み取って行きたい。

今回はまずその開業のきっかけを紐解く第1話。

小田原から鎌倉へ、サロン開業までの道のりは?

元々小田原市出身の富田さん。二宮に実家があり、現在は鎌倉にご自宅兼サロンを所有。なんと2拠点生活である!

インタビュアー澤野
「小田原に近い国府津からスタートして、今や鎌倉の駅近に自宅兼サロンを持つなんて、女性として憧れのビジネスでの成功は、どんなきっかけから掴んだんですか?」

富田さん「おじいちゃん家が八百屋をやっててですね、私はその頃からもう八百屋によく入り浸っていて…商売で稼ぐとは何かを身近で感じたり見たりしてました。」

祖父に商才や商売とは何かを学んだという富田さん。実は最初からネイリストを目指していたわけではなく、その職歴の変遷は非常にユニークだ。

「自衛官→教習所の教官」ネイルとは無縁のスタート!?

実は最初の就職先は「自衛隊」。入間基地で入隊研修を受けた後に、小牧基地、名古屋に行って、そこで半年研修したのち最終的に東京都府中市の航空自衛隊府中基地に5年間。航空管制官として日本の空から国民を守る仕事に従事していた。

前から2列目、左から4番目が初々しい自衛官姿の富田さん

富田さん:「でも自衛隊は5年で辞めて、その後、自動車教習指導員ですね。教習所の先生をやりました。なぜかというと車の運転が好きだったので、車関連の仕事をやりたいなと思っていたんです。」

しかし、いざやってみたら、指導員は車の運転をしないのでつまらない。しかもなかなか上達しない生徒さんにモヤモヤを感じる日々が続きとうとう3年ほどで教習指導員も辞めた。

ネイリストの道を選んだ超意外な理由

ちゃんと続けられる仕事ってなんだろう?と、自衛隊同期の仲間と話をした時『24時間やってても、飽きないの何?』というような話になった。思い浮かんだのはネイルかジグソーパズル、クロスワード、あとはレース編み。レース編みもネイルも、仕事として成り立ちそうにない。 ジグソーパズルももってのほか。クロスワードもそれに続く。今となってはネイルを選んだのが正解だったが、なぜネイリストの道を選んだのか?意外にもその理由は、なんと小学校の頃からクラスで一番爪磨きが得意で、ピカピカだった!から。

澤野「え?小学校で爪を磨いてたんですか?」

富田さん「そうそう小学生の頃ね。今50代以上の人がわかるんだけど、小学生の頃、爪磨きがめっちゃ流行ったの、全世界的に!知らないでしょ?知っている人は50代以上って言うこと笑!」

ネイルアートの走りみたいなのを小学生でやっていたわけだが、まだそのころにはネイリストという職業がそもそもなかった。ネイルサロンそのものもなかった。

芸能人の神田うのさんとか、安西ヒロコさんとか、千昌夫さんの奥さんとか、そういうセレブの人がやってるものだった。今でこそ流行っているネイルを何十年も前から先駆けてやっている富田さんは、やはり商売を学んで感覚的にわかっていたのかもしれない。

富田さん:「変な話、小学生からやっているってことは、前世でも爪を磨く仕事をしていたような気がするの!中世ヨーロッパの時代、『磨爪師』っていたらしくって、私は多分前世は磨爪師だったかもしれないです!」

こうしてネイリストの道に進んだ富田さん。このあと、小田原、藤沢、鎌倉に3店舗構えるオーナーにまでなっていくのだが、そもそもスタートアップ時の集客方法が、また他人には真似のできないユニークな手法だった。

平成9年に 小田原でお店を開いたのが最初。しかしそれ以前から、いろんなところを間借りしており、例えば美容室やコスメショップの一角だったそうだ。

また飲食店レディースデーやイベントとして「やってくれないか?」とお誘いをもらったり、箱根のホテルの一角にエステコーナーのような場所があり、そこに場所を設けたりするなど、イベントのようなことをしていると目立って連鎖的にお誘いをいただいたそうである。

澤野「間借してイベント的にネイルをやってあげるところからスタートして、小田原に店舗を構えたってことは、しっかりお客様がついていたってことだと思うんですが、一番大変なその集客って、どうやって集めていたんですか?」

富田さん「まだその頃は教習所に勤めてて、ダブルワークをしていたわけ。実はそれが、集客にすっごくいい条件だったのよ!」

教習所でお給料をもらいながら、ネイルスクールに通っていた富田さん。教習所に勤めながらネイルの勉強もこなすのは、なかなかスケジュール的にも厳しかっただろう。

通って1年ぐらい経ったときに先生から見極めが出て、『もう一般の人にやってあげてもいいよ』と言われたことを契機に、練習して経験を積むために、まずはその教習所の生徒さんに無料でやってあげることを思いついた。

富田さん「教習生を連れて帰ってたの、自宅に!最終の単位の時間のとき、『今日ヒマ?』って言って、女子高生の生徒を誘って。『ネイル練習してんだけどさ、無料でやってあげるから』って言って!」

澤野「なるほど!女子高生はネイルに興味があるし、無料でやってあげると言えば練習させてもらえるから、最高のモデルが教習所で集められるとは…!」

自分の車に乗せて連れて帰り、自宅で実地練習。すると教習所の女子高生生徒の間で、『最後の時間あの先生取ると、ネイル無料でやってくれるよ!』という噂が広まり、生徒がこぞって予約取り始めた。おかげで実地練習がたくさんできたわけだが、そこには副産物もついてきた。

娘が可愛い爪で帰ると、その綺麗な指先を見て、母親たちがやってほしいと言い始めた。そこで「お母さんは有料になるけど、ここでやってるよ」と言って、間借している出店先などを伝えると、今度は母親たちがこぞって通うようになってきた。
つまり、そこで初めてお金をいただいて人にネイルをしたのである。

富田さん「そこからお金入るようになったわけ。そして、それをやっているうちに、あるお客さんから「うちで持ってるビルにテナント貸しできる場所あるから借りなよ」ってオファーが来たの。娘の友達なら、若いのに頑張っているから、保証金とか敷金とかいらないよってね。つまり、いきなり月家賃からでいいよって。

澤野「えー!なんてすごいラッキーな申し出!つまり初期費用が全くかからずに、お店を借りられるって、開業時に一番嬉しいことですよね!」

無料で教習生にネイルをして口コミが広がっていなければ、このようなことも起きなかったかもしれない。これは富田さんの努力の賜物以外の何者でもない。

開業資金の出どころはダイヤの詐欺事件

画像はイメージ

テナントを借りる初期投資は抑えられたものの、実際にネイルをするには、机やら椅子やら、ネイルで使う道具やら、もちろん購入するための資金は別途必要となる。こういう資金は、教習所時代に貯金して準備をしていたのか…と思ったら、これまた開業資金の出どころもミラクルなのが富田流。

富田さん「自衛隊の頃に、私騙されてダイヤ買わされたの。これも50歳以上の人じゃないと知らないんだけれど……。なんかダイヤの詐欺事件みたいな。結局、集団訴訟を起こされて潰されちゃった会社なんだけど、その第一期生?くらいだったの。160万ぐらいで、1カラットのダイヤのネックレスを買わされたの。」

澤野「なんと!160万円の詐欺って、なかなかにショックな金額ですよね〜。せっかく働いて貯めたお金が無駄に消えちゃうなんて。。。」

富田さん「ところが、知り合いの社長さんたちの紹介もあって、どこの馬の骨かわからないわたし、ビルのデベロッパーの社長がぼちぼち小さいところの場所で貸してやろうか、それでもよければって貸してくれたわけ!」

そのため審査はナシ、確かな口コミがあったおかげで、結局入れたそうなのだ。
2000年にダイナシティにテナントをオープンし、、従業員も5人雇い、同時に自分もネイルを勉強したいと言う人からの問い合わせも増えてきた。これをきっかけに、富田さんによるネイルスクールがスタート。スクール事業でも売り上げを順調に伸ばし、今度はその生徒さんが働ける場所として新店舗をオープンさせることになっていく…

この続きは次回のブログにて!

富田恭子さんプロフィール

半メディカル爪職人 鎌倉爪健美庵オーナー

「自分の本来の爪(足+手=20本)を正しくケアして健康的に美しくする専門技術を提供」

1970年 小田原市国府津にて八百屋の孫として生まれる

1989年 北鎌倉女子学園を卒業後、航空自衛隊に入隊

1990年 自衛隊退職後、小田原に戻り教習指導員となる

1997年 教習所退職し、ネイリストとして独立開業

2000年 爪健美庵ダイナシティ小田原店オープン。

2005年 藤沢店オープン。同時にマンション購入。

2008年 株式会社ネイル敦設立。

2013年 鎌倉店オープン。同時に店舗兼住宅を購入。

2018年 ダイナシティ小田原店閉店。

2020年 藤沢店閉店、同時にマンション売却。

2021年 シェアハウスADDressを新規事業としてオープン。

2022年からは『メンズネイリスト養成スクール爪健男塾』を開講予定。

趣味はバイク、弓道、ウィンドサーフィン、ビーズ刺繍


インタビュアー:澤野 優美子
スターホーム株式会社
HRD事業部 Piece Workers/カスタマーサポート

元テニスプレーヤー、日本ランキング最高50位。高校生2児の母。2018年にフリーランスとして独立後、中小企業の広報や営業サポート、社長の左腕業を請け負うコンサル業を確立する中で、潜在的に高いキャリアやスキルを持つ女性を束ねたプロジェクトチームを立ち上げ中。趣味が高じてDIYしたキャンピングカーをリモートオフィスにして日々湘南ライフを満喫中。

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